今年も相変わらず粗製乱造的なB級映画作品が数多く劇場にかかっている。観客動員数が多ければよいというものでもないし、逆に閑古鳥が鳴いては製作コストすら回収できない。
また、SNSを通じてAI作成のYouTubeなどがネットに氾濫している。たいていが素人作品ばかり。荒唐無稽なトンデモ映像に至っては害が多い。
映画は娯楽とはいえ、本来は構成・演出に時間をかけ、掲げるテーマも意味あるものであるべきだが、粗製乱造されたB級作品やお手軽YouTubeの勢いに押されている。
そうしたなか、2025年に封切されたドキュメンタリーでは『黒川の女たち』と『壁の外側と内側――パレスチナ・イスラエル取材記』の2つの作品が印象に残った。
『黒川の女たち』(松原文枝監督、語り:大竹しのぶ)は、岐阜県から満州に渡った黒川開拓団の女性たちが1945年敗戦とともに遁走した関東軍から取り残され、生きるためにソ連軍の接待に駆り出された出来事をドキュメンタリーで描いた。戦後80年、被害女性たちは誰も証言しようとはせず、沈黙した。もう少しで闇に葬られるところだった。
しかし、松原監督は辛抱強く寄り添って被害女性たちにアプローチし、実名と顔出し出演を実現させている。見事な歴史の証言映像である。

『黒川の女たち』ポスター
これまで満州における日本女性たちの悲劇の物語は役者(女優)によって映画やドラマの一部として演じられたことはあったが、過剰演出や事実誤認が気になって、真実味に欠ける点があったのも致し方ないことだった。
当事者の証言は何にもまして貴重である。
『壁の外側と内側―パレスチナ・イスラエル取材記』(川上泰徳監督)は中東ジャーナリストとして活躍する川上泰徳氏が自ら現地でインタビュー、撮影・編集・字幕・ナレーション・製作と一人何役もこなした。

『壁の外側と内側―パレスチナ・イスラエル取材記』ポスター

2025年11月14日 横浜シネマリンの劇場内板に貼ってあった写真類
写真=©KazunoriShirouzu
川上氏は大学のアラビア語科卒業後、朝日新聞社に入社。同社初の「アラビア語がわかる中東特派員」となり、カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在、数々の紛争・戦争を取材している。
通訳なしに直接アラビア語で取材ができる貴重なジャーナリストだからこそできたドキュメンタリーでもある。日本の新聞やTVの中東報道が欧米(英語)メディアの翻訳に依存しているのと比べれば、その違いがわかる。
川上氏はドキュメンタリー製作の背景として「2023年10月7日以降に起こったハマスの越境攻撃とそれに続くイスラエルによるガザでの際限のない大規模な殺戮は私の理解を越えるものでした」と説明している。
中東報道の経験豊富な川上氏が、「私の理解を越えるもの」とは何かを探るべく、パレスチナ・ヨルダン川西岸やイスラエルの現地取材を敢行し、つくったのが本作品である。
貴重な現地の“生の声”が数多く登場するドキュメンタリーである。
(記・白水和憲)