世界に発信するアジア映画の強烈な時代性

 映画の年間製作本数は、インド1986本、中国874本、アメリカ660本(2017年UNESCO統計)。年間入場者数(同)は、インド19.81億人、中国16.2億人、アメリカ12.39億人(日本は1.74億人)。長年、国内向けが中心だったインドや中国などアジアの映画は昨今、海外市場を強く意識した意欲的な作品が多くなってきた。最近鑑賞した印・中・韓のアジア3作品をご紹介する。時を超えたテーマ性の濃い娯楽作品となっている。

インド『パドマーワト 女神の誕生』(Padmaavat)

 16世紀の物語が500年の時を経て現代のインドやパキスタンを刺激する作品。アフガーン人でイスラム王朝スルタンのアラーウッディーン。ラージプート族でヒンドゥー王朝のメーワール国王ラタン・シン。この二人の英雄を虜にしたシンガール王国の王女パドマーワト。領土の野心と絶世の美女パドマーワトを巡って二人は死闘を繰り広げる。名誉を重んじ、不名誉の恥辱は死に値し、女性は殺さないという共通慣習のあるアフガーン人とラージプート族。パドマーワトは自ら火の中に身を投じて物語を終わらせる。今年2月印パ国境のカシミール地方ではテロを契機にイスラムvsヒンドゥーの対立がエスカレート、報復の連鎖が起きた。緊張はいまも続き、終焉はまだみえない。いま、この地に500年前のパドマーワトはいない。物語は現代の女神が登場するまで終わらないのか。(2019年7月キネカ大森で鑑賞)

(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

中国『帰れない二人』(江湖儿女/Ash Is Purest White)

 流れに抗いつつも結局は流れるままに生きざるを得ない運命、後悔や諦観、そしてかすかな希望を探し、一組の男女が中国内陸部の山西省大同、重慶・奉節、新疆ウイグル自治区ウルムチと、17年、7700キロ、激変の中国を旅する。希望のひとかけらが映し出されたエンディングに観客も救いを感じたことだろう。見事な演出だ。監督は中国映画界「第六世代」のジャ・ジャンクー(賈樟柯)。芝居がかったセリフを役者に求めず、バックに風の音や川のせせらぎなど自然の音色を随所に取り入れた手法は台湾のホウ・シャオシェン(侯孝賢)を彷彿させる。因習が強く残る田舎を舞台にするのは初期のチャン・イーモー(張芸謀)作品と設定が似ている。旅の核となった3都市は訪れたことがある。完成する前の三峡ダムなどのシーンも思い出深い。(2019年9月渋谷Bunkamuraル・シネマで鑑賞)

(C)2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France

韓国『工作 黒金星と呼ばれた男』(The Spy Gone North)

 韓国の歴史や恋愛を題材にしたファンタジー映画は現実感が乏しくてみる気がしないが、犯罪ミステリーやスパイものはなかなか秀逸なものが多い。逆説的に言えば、それだけ韓国の現実をリアルに描いたストーリーだと思われる。舞台は朝鮮半島。北朝鮮核兵器開発を巡る緊張が高まる中で、黒金星(ブラック・ヴィーナス)というコードネームを持つ韓国軍情報部将校パク・ソギョンに北朝鮮潜入命令が下る。辛抱強い工作活動の結果、最高指導者キム・ジョンイル(金正日)面会にまでやっとたどり着く。ところが、韓国大統領選挙に絡んで政治の奥の院では南北の利害が一致し、ある事件が画策され、秘密裏に実行された。その結果、はしごを外されてしまったパクは窮地に陥る。いまの朝鮮半島で当たり前に横行する政治の裏話として説得力がある。(2019年8月シネマート新宿で鑑賞)

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