かつてウクライナを訪れた古い記憶をたどっても、現在のキエフ(ロシア語でКиев、ウクライナ語ではキーウ Київ)の惨状が信じられない。
チェーホフが『桜の園』『三人姉妹』を執筆した場所として有名なクリミア半島ヤルタのダーチャ(別荘、家)を見た後、シンフェローポリ(Симферополь)空港からアエロフロート機でキエフの空港に着く。ちょうどいまの時期(3月31日)だった。
森林に囲まれた美しい都市であることは上空の機内からも一目瞭然だったが、実際に市街地を歩き回ってみても、古都と新都市の建築調和が見事で、飽きずに一日中散策していた。
ソフィア寺院、アンドレーエフスカヤ教会堂、テ・ゲ・シェフチェンコ博物館、キエフ大学、ドニプロ川歩道橋、、、。
地下鉄の地上駅(ドニプロ駅)からはドニプロ川にかかる橋がみえるが、その先には地平線が目に飛び込んでくる。中央シベリア(ノボシビルスク)でも360度見渡す限りの雪の地平線をみたが、ウクライナの地平線もまた趣がある。
宿泊はウクライナ芸術博物館近くのホテルドニプロ(Дніпро)。いまはどうなっているか見当がつかない。
ウクライナは美人が多いことでも知られるが、料理もうまい。キエフ風カツレツなどもそのひとつ。
そう言えば、学生時代に京都のロシアレストラン「キエフ」でもキエフ風カツレツを食べたのを思い出すが、味がやや違っていたのはご愛敬か。
1980年代初期のニューヨーク駐在の時、残業で夕食を食べられなかった晩はイーストビレッジの一角(2番街、7丁目)の24時間営業ウクライナレストラン「KievDiner」によく通った。客はほとんどがNYに住むウクライナ人であったし、料理も本場の味そのものだとの評判だった。(現在は閉店)
あの美しかった古都キエフ(キーウ)がこの先、どう復活するか、まだ想像すらできない。
(記・白水和憲)