“100万ドルの夜景”として世界的に有名だった香港のネオン看板が、この4~5年で9割も姿を消していた。
ガラス管のネオン看板が建物の壁から道路の真上まではみ出し、空さえ遮ってしまいそうな光景は、まさしく香港の象徴的な風景だった。
2003年に香港を襲ったSARS(重症急性呼吸器症候群)による経済不況でネオン職人の仕事が減り、2010年建築法改正でネオン看板の多くが違法となり、さらにはLED(発光ダイオード)の出現がネオン看板を駆逐してしまった。
いまにしてみれば、窒息しそうなほどに埋め尽くされたネオン看板の文字は極彩色でケバケバしくもあり、それがノスタルジーさえも感じさせた。
ネオン看板に取って代わったLEDサインボードはどこか他人行儀なほどに整然としたものにしか映らない。
2024年1月に日本公開された香港映画『燈火(ネオン)は消えず』(原題:燈火闌珊)はネオン職人の夫と妻と娘、弟子の若い男の4人を中心に描かれる。
(新宿シネマート、2024年1月26日、入場口展示ポスター)」
撮影:©KazunoriShirouzu)
亡くなったネオン職人の夫の願いを果たそうと、妻は奔走する。そして、夫がやり残した1枚2メートルの大型ネオン看板「妙麗センター」を苦労の末に完成させ、夜の香港に灯した。
(新宿シネマート、2024年1月26日、映画館内ホールの壁面)
撮影:©KazunoriShirouzu
ストーリーは複雑でもなく、奇想な仕掛けがあるわけではない。政治的メッセージを盛り込むわけでもない。
しかし、終了後に「こんなにもまばゆく光に満ち、自由でエネルギッシュな香港はもう戻らないのか」とつい思ってしまうほど、この20年間の香港の変化に感慨深いものがあった。
これこそ、ガラス管のネオン看板からLEDサインボードに景色が変わった現在の香港の姿を“シン”香港と映るのか、何かを失った香港を寂しいと感じるかは個々人の想いに委ねるしかない。
主演のシルヴィア・チャン(張艾嘉)をスクリーンで見たのは、チョウ・ユンファ(周潤發)と共演した『過ぎゆく時の中で』(1989年)以来なので実に約34年ぶりだった。当時36歳だった彼女も70歳の若いおばあちゃんになっていた。
時は経つ。香港もシルヴィア・チャンも、もうあの頃には戻れない。
それでも、「香港のネオンをふたたび灯しましょう」と 主演のシルヴィア・チャンは願う。
(記:白水和憲)