数年前のパキスタン。ある昼食会の大型円形テーブルで、斜め向かいに座る人物が気にかかった。少し長めの髪をうしろで縛り、パキスタンの公式伝統服をまとっている。さも居心地悪そうにその席に座り、上向きな視線で沈黙していた。やや雰囲気の異なるその人物を見ながら、見覚えのある顔だと思い、隣りの席のアリ・S・ハビブ氏(インダスモーター会長)に尋ねた。「イムラン・カーンですよ」と教えてくれた。
まさか後に首相(2018年8月就任)になるとは思っていなかった。この時は、弱小政党の党首というより、かつてのクリケットのスーパースターを仰ぎ見る感じだった。カメラ持ち込み禁止の昼食会だっただけに、写真を撮れなかったのが残念である。
そのイムラン・カーンが「一帯一路フォーラム」(中国・北京、4月25~27日)に参加。この機会を活かし、4月28日、昨年11月に続く2回目の中パ首脳会談に臨んだ。パキスタンが中国との間で進める中国パキスタン経済回廊(CPEC)は620億ドルという巨額プロジェクトだが、大部分は中国側からの貸し込み。パキスタンの抱える膨大な借金を今以上に膨らませたくないイムラン・カーンは、首相就任直後からその契約見直しを強く迫っているが、のらりくらりとかわす習近平国家主席の老練な交渉戦術に苛立ちを隠せない。
2018年12月に来日したアブドゥル・ラザク・ダウード首相付き顧問は多くの日本企業を前に、「イムラン・カーン首相指導の下、パキスタンが地域的ハブとなるための大型インフラプロジェクトを現在推進している」と強調。しかし、これはCPECの説明をしたに過ぎなかった。対外的には投資環境整備の進捗をアピールしつつも、自前では整備資金を用意できず、中国が仕かけた“債務の罠”に落ちたパキスタンの苦悩が顔にも如実に表れていた。
クリケット試合のように劣勢ゲームを英雄イムラン・カーンが覆してくれると信じる熱心な支持者がパキスタンには多いが、事はそんなに容易ではない。1000億ドル近くの巨額債務でにっちもさっちもいかなければ、デフォルト(債務不履行)に陥り、国の信用は一気に失墜する。
(白水和憲)